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谷戸、里山は今や貴重な存在と成っていますが、そもそも多摩の原風景と言えば当にそれでした。 このブログではそんな多摩の原風景をご紹介し、未来にこの素晴らしい風景を伝える一助と成ればと思って開設しました。 また記録の意味も含めて、宅地化されて失われてしまった谷戸や、人工の谷戸や里山も紹介します。
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名称:柳入
住所:東京都多摩市連光寺3丁目45番地
所属:多摩丘陵、大谷戸支谷
河川:大谷戸川源流部の一つ
水系:多摩川水系、乞田川支流大谷戸川支流
鎮守:春日神社、神明社、若宮八幡宮

自然度:5/5 景観:2/5 危険度:3/5
宅地化:1/5 荒地:4/5 農地:0/5
水田:無し 耕地:無し 公園化:全域

消失危険度:0/5

 桜ヶ丘公園内にあるもと谷戸地区。この辺りは公園整備と近くには現在は公園用地となったが
グランドがあったりで幾分か山を崩して作られた箇所である。
かつてはもっと山が迫っていて、その山麓の小地域であったようだが、現在の林野庁宿舎付近は
昔から集落部をなしていたようだ。
 都立公園化されたため、自然の保護については申し分ないが、人気はないので、
広場以外では雑木と荒れ地が目立つ。どうも見るに付け湿地だったのではないかと思われる場所で、
いまでもそこかしこの地面から水がしみ出していたり、すぐ下のもとグランドだった場所にも
池が整備されていたりするのはそのためではないだろうか。
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 ほぼ中央部に大松山方面への通路が通っており、
雑木の中をとぼとぼ進む道はいつも谷風が心地よい。
場所が場所だけに野鳥も豊富で、散策の人の他に、
超望遠レンズを持ったバーダーともよくすれ違う。
 道沿いにはフェンスがしてあり、中には入れない場所が
隣接しているが、植生保護や植生実験などが行われているようだ。

 ここから大松山への登坂は当時のそれほどではなくなったのかも知れないが、
意外にキツイものがある。
はじめはなだらかな山道だが、最後で一気に崖を登る階段があり、息せき切って登る人を
多く見かける。
登り切ったあたりには眺望の良いポイントが用意されており、遙か向こうの山並みと、
聖蹟桜ヶ丘~日野方面の一望、さらにはすぐ眼下の大谷戸の町並みが眺められる。
こういった場所に多い、山の名前を風景画に記したプレートも用意されており、
冬の空気の澄んだ日には最適だろう。

 ちなみにこの辺りは道沿いに枯れ沢が走っており、かつてはここに水路があったようだが、
現在はかなりの大雨でも降らないとここに水は流れないだろう。
ちなみにそこは桜ヶ丘公園内の「東谷戸」と名付けられているが、
新しく名付けられた場所で、もともとは山だった場所である。
 もとグランドだった部分の湿地からは絶えず水が湧いており、
大谷戸公園方面に向かってどんどん流下していく。
 水系的には大谷戸川に合流後、乞田川に注いで多摩川に流れて行くのだが、
流下方向が一方ではないようで、幾筋かの流れをつくって大谷戸川に落ちている
と考えることが出来る。

 公園散策の折、そんな昔を想像してみるのも悪くない。

この辺りの昔の地形図は以下のリンクから
http://habs.dc.affrc.go.jp/habs_map.html?zoom=16&lat=35.62991&lon=139.46588&layers=B0F0FTTTTF

この辺りの現在の地図は以下

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名称:狸ヶ入
住所:東京都多摩市連光寺3丁目42番地
所属:多摩丘陵、大谷戸支谷
河川:大谷戸川源流部の一つ
水系:多摩川水系、乞田川支流大谷戸川支流
鎮守:春日神社、神明社、若宮八幡宮

自然度:4/5 景観:4/5 危険度:2/5
宅地化:2/5 荒地:1/5 農地:3/5
水田:有り 耕地:有り 公園化:ほぼ全域

消失危険度:復活

 連光寺小学校付近を流下している大谷戸川(現在この付近は暗渠化)はいくつもの源流域があり、
この狸ヶ入付近もその一つである。
そもそもは、狸が出るような場所という意味の小さな地域で、表に通る早馬道から一本入ったあたり、
実際には連光寺小学校の前あたりの名だったが、現在その地域は宅地化により、面影はない。
小学校前の細い道を山側に入ると、古い旧家の並ぶ前の地に急に大きな農地が広がる。
54698ec1.jpg この斜面農地は貸し出し農地で、利用料を払って区画を押さえれば、
誰でも作物が作れるようになっているらしく、
トウモロコシや中には九条ネギを育てている方もおられるようで、
バラエティに富む。
その耕地を左手見ながらやや急峻な坂を登り切ると
目の前に急に棚田が広がって、その景観に思わず声を上げてしまうほどだ。


 都立桜ヶ丘公園が一帯に広がる地域で、狸ヶ入の最奥の場所に当たるこの棚田は、
雑木林ボランティアの手によって復活管理されている棚田だそうで、保護の観点から普段入り口は
しっかりと閉ざされていて中に立ち入ることは出来ないが、外側から景観を楽しむには充分すぎる。
奥のため池に溜められた湧水が水路を伝い棚田に供給され、小さな調整池にあつまり、
流下していく様は当に多摩の原風景そのものだ。
先ほどの耕地横を暗渠で流れ、連光寺小学校裏手で大谷戸公園方面から来た
大谷戸川本線に注いでいる。
 ちなみに谷戸の奥の里山は「榎戸山」という名前で、この尾根を越えた反対側には、
多摩市きっての夜景スポットとして若い人にも人気の「ゆうひの丘」がある。
都立公園として整備されたことがこの景観を維持していることを本当にありがたく思う瞬間だ。
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 復活した棚田と榎戸山の景観以外にも旧家や斜面耕地、
栗の植わった農地など、かつてはどこにでもあった光景がここには残っている。
棚田の目の前を通る道を雑木に向かって進むと、
林野庁多摩宿舎のある地域に入り、連光寺公園として解放されたスペースの横で
植生実験などを行っているのを見ることが出来る。
かつて柳入と呼ばれた地域で、更に先には聖蹟記念館のある大松山へ至る。



 雑木林ボランティアの皆さんのご努力に心から敬服しつつ、地元に住むものとして、
この景観を誇りに思わずにはいられない。

この辺りの昔の地形図は以下のリンク
http://habs.dc.affrc.go.jp/habs_map.html?zoom=16&lat=35.63229&lon=139.46268&layers=B0F0FTTTTF

現在のこの辺りの地図は以下

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名称:谷戸
住所:東京都多摩市桜ヶ丘4丁目付近
所属:多摩丘陵、入道谷戸近傍
河川:不明
水系:多摩川水系、大栗川支流雨田川支流
鎮守:山神社

自然度:0/5 景観:0/5 危険度:0/5
宅地化:5/5 荒地:0/5 農地:0/5
水田:無し 耕地:無し 公園化:無し

消失危険度:消失済み

 多摩市の小字や小名の由来と場所を記載した資料によると、現在はすっかり宅地となった
山神社の付近に谷戸があったと書かれている。
特徴のある名前もなくただ「谷戸」と言っていたらしいことからも大規模なものではなく、
ちょっとした小さな谷間と言った場所だったのだろうが、
現在の風景からは殆ど面影を垣間見ることは出来ない。
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 入り口もかつてはきっと獣道のようなものだったのだろうが、
綺麗な区画割りで整備されている現在はしっかりとした
住宅街路となってしまって、想像力をたくましくしても
往事の姿は蘇ってこない。



 ただ一つ、地形にだけ何となく面影が残っている。
もともと高台の地だが、この辺りから緩やかに上って行く地形と、そこに整然と並んだ住宅が
高低差を見るのには好都合な存在になっている。
入道谷戸辺りから俯瞰してみると、たしかに舌状になっている部分があって、
もともとは谷戸だったことをほんのわずかに伝えている。
 多摩には数多くの谷戸が存在したが、また消失した谷戸の数も同じだけ多い。
宅地化と谷戸の消失は密接な地域だが、特に名もない小さな谷戸の痕跡は、
すっかり消されてしまい、住人の記憶からも消えて行くのはなんだか寂しい気もする。

この辺りの昔の地形図は以下のリンク
http://habs.dc.affrc.go.jp/habs_map.html?zoom=16&lat=35.64372&lon=139.43994&layers=B0F0FTTTTF

この辺りの現在の地図は以下

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名称:入道谷戸
住所:東京都多摩市桜ヶ丘4丁目付近
所属:多摩丘陵、入道谷戸本谷
河川:不明
水系:多摩川水系、大栗川支流雨田川支流
鎮守:山神社

自然度:2/5 景観:3/5 危険度:1/5
宅地化:4/5 荒地:1/5 農地:0/5
水田:無し 耕地:無し 公園化:無し

消失危険度:4/5

 入道谷戸とはなんともおどろっぽい名前だが、近くには壽徳寺というお寺があり、
この谷戸はその裏山付近の鬱蒼とした場所だったそうだから、考えてみれば条件が揃って
この名前になったのも至極うなずける。
伝承によると「入道のでるようなうら寂しいところ」だというから、いつの時代も人の恐怖は
変わらないものだと思えてならない。

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 場所は京王電鉄がニュータウン開発初期に手がけた
桜ヶ丘のただ中にあって、高台の宅地の中に一段低くなった
辺りに存在している。
 入り口は壽徳寺の母屋に繋がる道の辺りだったと思われるが、
現在は立ち入り禁止となっていてここからでは入れない。
せっかくなので、この立派なお寺を参拝しに中に入ると、
本堂の後ろは斜面に墓地が作られており、
この墓地から裏の林に抜ける道がある。
 林の中にはこの寺の代々住職の関係と思われる墓のほか、小さなユンボもあったりして、
どうもこの谷戸の跡地を更に墓地にするような気配が立ち上っており、
景観の消失も近いかも知れない。
 とはいえ、大規模宅地の中に、裏山をしょったお寺と、すぐ隣には静かな雑木をもった
鎮守の山神社もあり、桜ヶ丘の中では自然の色合いの濃い場所なことはかわりはない。
ちなみにこの壽徳寺は「佐伯谷戸」の項目で触れた佐伯道永という役人が、
この地に再建したと伝わるお寺であり、地域の信仰の中心となっていたようだ。

 アクセスは土地勘がないと少々厳しいかも知れないが、京王バスが運行する
多摩市ミニバスのバス停「山神社」があり、永山駅と百草団地を結ぶ路線が通っている。
しかしながら本数は余り多くないので、利用にあたっては事前にしっかり調査されることが望ましい。
c3f74eb0.jpg 壽徳寺への参拝と山神社への参詣の他にも史跡の寺方大屋敷などもあり、
ゆっくりとした休みの日には良い散歩コースになるのではないだろうか。
ただ、この谷戸は寺の敷地内なので、むやみに入るのはやめて、
許可を得た方がよい。
そして、せっかくこの地に来たのなら、壽徳寺からの眺望を楽しまない手はないだろう。
高台に位置する当地らしく眼下に広がる眺望はなかなかのものだ。

 この谷戸の水系は少々複雑であり、乞田川に沿った丘陵地の乞田川とは反対の斜面にあり、
流れ出た水路は、東寺方や和田に落ちて行く。
和田には普通河川の雨田川がほっそり流れているが、どうもこの川の源流の一つが
山神社付近にあるらしいとのことで、恐らくは入道谷戸の流れもこれと一体だと思われる。
雨田川はそのまま和田の原をゆっくりと野猿街道方面に流れ、多摩第二小学校付近を
流下して大栗川に落ちる。
 当時は和田の田圃の重要な水源にもなっていたんだろう。
神社とお寺に鎮守の森と宅地のオアシスのような景観を町の誇りに思わないのもったいない。

この辺りの昔の地形図は以下のリンク
http://habs.dc.affrc.go.jp/habs_map.html?zoom=16&lat=35.63971&lon=139.44185&layers=B0F0FTTTTF

この辺りの現在の地図は以下

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名称:沼沢
住所:東京都多摩市5丁目付近
所属:多摩丘陵、狼谷支谷か?
河川:関戸川
水系:多摩川水系、乞田川支流
鎮守:熊野神社

自然度:2/5 景観:2/5 危険度:0/5
宅地化:4/5 荒地:1/5 農地:2/5
水田:無し 耕地:有り 公園化:無し

消失危険度:1/5

 ここは正確に谷戸であるかどうかは意見が分かれる部分もあるかも知れない。
かつては大きな湿地で湿性植物の生い茂る場所であったそうで、耕地となったのは
もっと後の時代だと思われる。
 谷戸は丘陵部の小さな谷間の平坦地で、湧水やそこからの自然河川、水路によって
耕地や水田に水を供給するシステムを採っているため、必ず川や水路の痕跡があるのだが、
ここは川があったこと、谷間の平坦地であることから地形的には谷戸で間違いないだろうが、
下流部には関所や関所番の跡が有り、広い耕地があったとは考えにくい。
 しかし現在は生産緑地地区となって関戸の数少ない風景を作り出しており、
ここではこの場所も一つの谷戸地として紹介することにする。
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 旧鎌倉街道を進み、関戸村の鎮守熊野神社に至る少し前、
桜ヶ丘の宅地へ昇る道が現れる。
この道こそ関戸川を暗渠化して流路を道に転用した部分である。
道の途中には古刹の観音寺があり、古戦場で無くなった人々の
供養を今も行っているというし、 横溝八郎の墓もあり、
当地の歴史と非常に密接であることが伺える。


 その観音寺を過ぎると、左手に突如大きな耕地が開けている。ここが沼沢だ。
一般の立ち入りは難しいが、耕地はここから熊野神社の裏手に向けて斜めに広がっている。
近隣の方の話しよると「今では少なくなった風景をみんなで一生懸命守っている」のだそうで、
大変なご苦労の上で、辛くも存在する原風景だと言うことがひしひし伝わってくる。
 
 アクセスには京王バスのバス停「関戸」が最も近い。
と言うよりもバス停のすぐ横が入り口なのである。聖蹟桜ヶ丘方面から歩いてきても良いし、
東寺方や桜ヶ丘の史跡を廻りながらここに至るのも良いだろう。

 ちなみにこの関戸川は今は大半が暗渠だが、この沼沢付近と桜ヶ丘の山に端を発し、
道の南側を流れ下り、旧鎌倉街道を潜った跡、団地の脇を抜けて行く。
この団地の脇には暗渠化される前の流路がくねった空き地として残っており、
見つけるのは容易である。
 その後鎌倉街道手前で中古車販売店の裏側を開渠になって流れ、
民家の庭先で鎌倉街道と直角に向きを変えると、また暗渠となって鎌倉街道を潜り、
反対側にわずかな流路の痕跡をみながら、乞田川に落ちる。
 当地の名前を川の名前にもつ関戸川も、いまや存在を知るものも少なく、
寂しい限りである。

この辺りの昔の地形図は以下のリンク
http://habs.dc.affrc.go.jp/habs_map.html?zoom=16&lat=35.64093&lon=139.44739&layers=B0F0FTTTTF

この辺りの現在の地図は以下

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名称:佐伯谷戸、佐伯ヶ谷戸、佐伯屋敷
住所:東京都多摩市5丁目付近
所属:多摩丘陵、佐伯谷戸本谷
河川:佐伯谷戸川
水系:多摩川水系、乞田川支流
鎮守:熊野神社

自然度:1/5 景観:1/5 危険度:0/5
宅地化:5/5 荒地:1/5 農地:0/5
水田:無し 耕地:ほぼ無し 公園化:ごく一部

消失危険度:5/5

 この谷戸は現在ほぼ宅地となり谷戸としては消滅しているが、地形的な面影と、
多くの史跡が残り、多摩市の史跡巡りのスポットとして新たな側面を見せている。

P1010495_1.jpg 場所は旧鎌倉街道沿いから西側に入ったところで、
入り口の目印はなんといっても多摩市が誇る全国屈指の酒販店
「小山商店」である。
この小山商店の道を挟んだ反対側に、山へ入る細い道が存在しているが、
これがこの谷戸の入り口の名残だと思われる。
 周囲は新旧混交の宅地が立ち並んでおり、旧街道沿いの情緒と
ニュータウンの雰囲気を混ぜ合わせた独特の景観を形作る。


 佐伯谷戸とはしかし変わった名前である。
実はこの関戸村は鎌倉街道の要衝であっただけでなく、古戦場後としても有名だ。
実際にここで戦闘が行われたのは鎌倉時代の「関戸の戦い」であり、
この付近には古戦場跡の碑や、この地で討ち死にしたと伝えられる、
横溝八郎、安保入道の墓などがあり、歴史好きの人々の興味をくすぐるが、
名前の由来となったのはそれよりも後年で、この地の治めるために赴任していた
後北条氏の家臣、佐伯道永が居城があったことに由来すると言う。
 大変な崇敬を集めていた役人だったようで、道永亡き後、一部の民はその遺志を、
姓を名乗る形で受け継ぎ、多摩市の佐伯姓の源流になったとも言われている。
この辺りの歴史背景は以下を参照されると良いだろう。

「関戸の戦い」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E6%88%B8%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

「小田原の役」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%8C%E5%8C%97%E6%9D%A1%E6%B0%8F#.E5.B0.8F.E7.94.B0.E5.8E.9F.E3.81.AE.E5.BD.B9

 さて話しを谷戸に戻すと、この谷戸へのアクセスは、京王バスの関戸バス停か大栗橋バス停を利用し、
小山商店を目指すことから始めると良いだろう。
あるいは、多摩センター方面や聖蹟桜ヶ丘方面から史跡を眺めながら至るのもまた良い。
 細長く急な坂道を登って行くと、途中に霞ヶ関公園がある。辺りは一面宅地だが、
開発の際に山を完全には切らなかったため、この道沿いが谷地になってるのがよく分かる。
公園の裏には古道の跡と思われる砂利の狭隘路があったり、
メインルートの左右からは、沢山の水路が大きな水音を立てて暗渠に流れ込むのが分かる。
昔から水の豊富な場所であったようだ。
 暗渠となった川は、旧鎌倉街道を下り、大栗橋公園下をながれ、鎌倉街道を潜って、
みゆき橋公園内を進んで乞田川へ落ちていると思われる。

 現在では、山の面影は民家の裏山だけとなり、残った山も最近新たな宅地開発で
ほぼ消失してしまって、今後景観が良くなる要素は残っていないが、
史跡と、お寺が多い場所としての静けさだけは保って欲しい。

この辺りの昔の地形図は以下のリンクから
http://habs.dc.affrc.go.jp/habs_map.html?zoom=16&lat=35.64235&lon=139.45024&layers=B0F0FTTTTF

この辺りの現在の地図は以下

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名称:徳が谷
住所:東京都多摩市貝取1749、多摩市桜ヶ丘二丁目、多摩市乞田1207付近
所属:多摩丘陵、大貝戸対岸
河川:不明
水系:多摩川水系、乞田川支流
鎮守:庚申神社

自然度:2/5 景観:2/5 危険度:1/5
宅地化:4/5 荒地:0/5 農地:1/5
水田:無し 耕地:有り 公園化:無し

消失危険度:4/5

 狼谷戸の隣にある谷は徳が谷と呼ばれており、その由来は定かではないが、
もしかすると、人の名前に由来しているのかも知れない。
今となっては、大半が宅地化されて面影を偲ぶものを探すのは一苦労だが、
良く見ると地形がしっかり残っているのが分かるし、一部は生産緑地地区となって、
少ないながら耕作地に面影を偲ぶことが出来る。

7c003ddf.jpg 入り口は京王バスのバス停「乞田五差路」の裏手に
ひっそりと隠れるように存在している。
道路の反対側には病院があり、旧鎌倉街道と
愛宕への道、ニュータウン通りから野猿街道へのバイパスと
まさに交通の要衝と化していて、その裏手に静かな耕地があるとは
ちょっと想像しにくいかも知れない。


 その耕地から山の宅地への道は今でも急峻であり、この地がはっきりと谷戸地であったことを
今に伝えているようである。
急峻な隘路を上っていくと、崖線に沿うように宅地が広がっている。
この辺りは、乞田、桜ヶ丘の狭間に貝取の飛び地が入り込み住所は複雑だが、
山の宅地部分は桜ヶ丘二丁目、野猿街道とニュータウン通りを繋ぐ道沿いは乞田で、
耕地付近は貝取の飛び地となっている。
 その乞田方面に道なりに進むと、山の雑木に向かって急な階段がある。
これが庚申神社への入り口で、昇ったところに鎮守は静かに存在している。
バス停から耕地を長めながら神社に至り、その後は桜ヶ丘の史跡を巡るか、
あるいは東寺方に向かって行くのも良いだろう。
大部分が宅地化されているが、旧道の面影や、地形など、良く見ればたちまちに
当時の情景が想像されるような所も無いわけではない。

 これ以上にこの地域が面影をなくさないことを願ってやまない。

この辺りの昔の地形図は以下のリンクから
http://habs.dc.affrc.go.jp/habs_map.html?zoom=16&lat=35.63532&lon=139.44183&layers=B0F0FTTTTF

この辺りの現在の地図は以下

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名称:狼谷戸、狼谷、大谷戸
住所:東京都多摩市関戸6丁目付近
所属:多摩丘陵、狼谷本谷
河川:狼谷川(おおかみだにがわ)
水系:多摩川水系、乞田川支流
鎮守:鈴岸稲荷神社 祭神:宇迦之御魂大神(推定)

自然度:3/5 景観:4/5 危険度:2/5
宅地化:3/5 荒地:1/5 農地:3/5
水田:有り 耕地:有り 公園化:半分

消失危険度:0/5

  多摩市役所の裏手に突如広がる農村風景に驚かれる方も多いかも知れない。
この地は地元の方のご努力もあって、多摩市の中心部近くであるにもかかわらず、
開発の手を免れ、原風景をそのままとどめている貴重な場所である。
その昔は名前の示すとおり、狼が出るような寂しいところであったとか、
実際に狼に旅人が襲われたといった言い伝えも残っているとおり、
山深く、余り人の通らない場所であったというが、実際にはもっと山の方、
この谷戸の最奥部をそう呼んでおり、現在でも残っている下流側は大谷戸と呼んでいたようだが、
時代が移って今はこの谷戸を狼谷戸と呼ぶことが増えているようだ。
 近くには鎌倉街道が通っており、関所跡もあるなど歴史的にも人の往来の絶えない所から
たった一本それた途端に昔ながらの多摩の農村は待っている。

eb3b287a.jpg 旧鎌倉街道を多摩市役所に向けて上って行くと、京王バスのバス停「坂下」がある。
この坂下バス停から、本線からそれて行く道がある。実はこれが古鎌倉街道であり、
この道を進むと多摩市役所の裏手の方に昇って行く。
その上り坂を「沓切坂」と言うのだそうだが、更に分岐する道がこの谷戸の入り口だ。
 奥には桜ヶ丘の宅地がびっしりと立ち並び、この集落との好対照を見せている。
背後には里山をしょっており、この里山は公園とされて昔の小字から「原峰公園」と名付けられ、
手つかずの雑木林がそのまま保存されたような印象である。

 谷戸入り口から一歩入るとすぐに水田が目に飛び込んでくる。
多摩の地酒「原峰のいずみ」を醸すために用いられる酒米をここで育てているそうだ。
また同じ名前の味噌を造る工場も近くにあり、味わいは滋味深く旨味の深い素晴らしい。

 散策にはまずこの谷戸をじっくり楽しむことから始めたい。農村の土の匂い、柔らかな水田の色合いを
じっくり鑑賞し、民家の入り口や畑に植えられた四季折々の花を楽しみながら、谷戸の上へと向い、
宅地に向かう階段を上り、少し行ったところを右折する。
眼下にこの谷戸を一望出来る高台のロケーションを楽しんだらその道を上がって行くと、
多摩市のコミュニティ施設「ゆう桜ヶ丘」に着く。
 ここでちょっと休憩したらそこから「原峰公園」の雑木を散策に入る。
少し荒れてしまっているのが残念だが、オナガやヒヨドリの多い森のあちこちに水路や休憩所があって、
疲れてもすぐに休憩が取れる。
その森の中に入り口の見つけにくい鳥居が建っている。
この鳥居は山の上側からのルートでないとは入れないが、鈴岸稲荷という稲荷神社で、
集落の人々が建立した鎮守である。

 昔は多摩市役所の方まで谷戸が伸びていたそうだが、多くは開発に呑まれ面影は少ない。
そんな中、この場所だけが素晴らしい景観をとどめたのは当に軌跡のようでさえある。

この付近の昔の地形図は以下のリンクから
http://habs.dc.affrc.go.jp/habs_map.html?zoom=16&lat=35.63744&lon=139.44522&layers=B0F0FTTTTF

現在の地図は以下

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男性
自己紹介:
音楽系の仕事の傍ら、多摩の原風景を求めて
歩き回っています。
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