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谷戸、里山は今や貴重な存在と成っていますが、そもそも多摩の原風景と言えば当にそれでした。 このブログではそんな多摩の原風景をご紹介し、未来にこの素晴らしい風景を伝える一助と成ればと思って開設しました。 また記録の意味も含めて、宅地化されて失われてしまった谷戸や、人工の谷戸や里山も紹介します。
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神奈川県横浜市青葉区にある荏田はかつては荏田村といい、早渕川沿いに刻まれた谷戸を中心とする地区のいくつかから成り立っていた。
またその村域には街道が走り、荏田宿という宿場が栄えていたのだという。
早渕川下流域と言うことで水利悪く、上流の石川村とは水争いがあったと伝わり、石川村の伝承に寄れば、荏田村村民が早渕川をせき止め、石川村を水攻めにあわせたのだとか。
現在は荏田町域では字が残るものの、その他は荏田北、荏田南などと細かく区分けされ、みずきが丘の様なニュータウン地名の地区もできるなどして、字は地名からは消えてしまったようだ。
南部の地域に関しては詳細な資料が手に入ったものの、北部の赤田、小黒地区、泉地区等はそれに比べると資料の量が少なく、比定にも一部推定を用いているので、不正確な部分もあるかも知れない。
この辺りは、新たに情報が判明し次第、更新して対応していくことにしたい。

地名の広い上げと比定には以下の資料を活用したので、謝意と共にご紹介したい。
「荏田のむかし(荏田東第一小学校創立十周年記念事業実行委員会)」「山内のあゆみ 石川編(横溝潔)」「横浜じゃん旅行社web」「今昔マップ on the web」「wikipedia」「ひろたりあん電子通信web」「とうよこ沿線web」「歴史と素敵なおつきあいblog」

比定不能地名
・築地土手

※新たな字「山口」「山崎」を加え、一部地名の比定場所を修正しました。
※新たに「小黒入」「長者原」「下宿」「鍛治谷」を加え「池尻」の記事を修正しました。



より大きな地図で 荏田(横浜市)の地名 を表示
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築地土手
地元のものです。築地土手が、元石川への水攻めで作られた土手のことを指すなら、現在早渕川が東名高速を、くぐっているあたりから、北東へ200メートルほどの長さで作られていたものです。戦後すぐまで残っていました。
ふなはし 2016/09/18(Sun)07:34:22 編集
ありがとうございます
ふなはし様
情報の提供ありがとうございます。
早速訂正させていただき、ご教授いただいた内容を反映させていただきます。
ありがとうございます。
管理人 URL 2016/09/25(Sun)04:14:59 編集
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音楽系の仕事の傍ら、多摩の原風景を求めて
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