忍者ブログ
谷戸、里山は今や貴重な存在と成っていますが、そもそも多摩の原風景と言えば当にそれでした。 このブログではそんな多摩の原風景をご紹介し、未来にこの素晴らしい風景を伝える一助と成ればと思って開設しました。 また記録の意味も含めて、宅地化されて失われてしまった谷戸や、人工の谷戸や里山も紹介します。
[100]  [99]  [98]  [97]  [96]  [95]  [94]  [93]  [92]  [91]  [90
町田市南大谷はその名の通り大きな谷を中心とする地区である。この谷というのは恩田川の開いた谷で、本町田村から始まり、成瀬、恩田方面へと続く大きなものである。各地域でそれぞれの地名が付けられるが、南大谷ではこれを「大谷」と呼び、そのまま「大谷村」という村名になっていた。その後同名の村があったことから「南大谷」と改め今に至る。
地名に目を向けるとこの大谷沿いにいくつかの地名が見られる他、それ以外の丘陵部には谷戸の名がいくつか見られる。しかしながら極めて地名資料の乏しい地域であり、特に北の玉川学園となった地の資料は皆無である。
玉川学園となった地は、金井村、本町田村、南大谷村、成瀬村から一部を編入し、学校と町の一帯の開発による学園都市を目指した地域であるが、その地における古い地名の消失は目を覆うばかりである。
学園都市という教育の地として、過去の文化歴史を尊重ではなく、安易なネーミングの公園を置き、元の地名を消して学園名の捩りを付けると言った方向性には少々疑問を感じざるを得ない。願わくば文化の保存と共存の道を歩み、学園としての取り組みの一環で、聞き取り調査、ネットでの調査公開といったことをしても良いのではないかと思う。
このような状況から地名の拾いあげについては思うように行かず、かなり少ない状態となった上に、上記玉川学園地内についてはすっぽり抜けてしまっている。
読者、地域の旧家、郷土史家の方々、あるいは単純に聞いたことがあるという情報でも良いので、この地域お地名情報をお寄せ頂ければ幸いである。
地名の拾いあげと比定には以下の資料を用いた。
「南大谷」「新編武蔵国風土記稿」「今昔マップon the web」「東京都生涯学習情報-遺跡地図情報」
比定不能地名はないが、資料が乏しく地名の拾いあげがままなっていない。




より大きな地図で 南大谷の地名 を表示
PR
この記事にコメントする
name
title
font color
mali
url
comment
pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
カレンダー
09 2017/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
カテゴリー
フリーエリア
最新コメント
[09/28 なめこうに]
[09/25 管理人]
[09/18 ふなはし]
[09/07 管理人]
[08/27 うじょう]
[04/02 管理人]
[03/03 杉山]
[09/03 管理人]
[09/01 遠藤吉隆]
[09/01 管理人]
最新トラックバック
プロフィール
HN:
ベリリウム榊
性別:
男性
自己紹介:
音楽系の仕事の傍ら、多摩の原風景を求めて
歩き回っています。
バーコード
ブログ内検索
P R
カウンター
アクセス解析
忍者ブログ [PR]